動画作成が導く未来の授業

 

近畿大学付属高等学校・中学校では、2013 年春から高等学校の新入生に iPad を使用し始めました。2015 年春には約 3,000 名の高校生と、約 860 名の中学生が iPadを使用しており、教師も独自に ICT を活用した授業を行っています。その中でも日本における反転授業の先駆者ともいうべき芝池宗克教諭(数学科)と中西洋介教諭(英語科)に解説動画をどのように作成し活用されているか、また初めて解説動画を作成される方へのアドバイスなどについて伺いました。(右の写真は芝池宗克教諭(右)と中西洋介教諭)

―― 先生方は解説動画を作成されて反転授業に活用されています。まず、動画作成の経緯をお聞かせいただけますか?

中西先生10 年ほど前に動画の時代がやって来ると考えました。デジタルビデオカメラを黒板の前に置いて説明するところを撮影するという録画方法がありますが、その時その撮影は大変だと思いました。

テレビを見ていると、塾か何かで、オンラインビデオでペン機能を使用して数学を説明し、説明する人の顔も表示されている動画を見つけました。コンピュータ上に説明を書き込んで、説明の音声と同時に画面を録画する方法で、これなら簡単に動画が作成できると思いました。

まず、当時はペンタブレットでコンピュータ画面上に描画することが可能なのかが大事でした。次に画面を録画するソフトウェアを探しました。

―― Camtasia Studio をお知りになったきっかけは?

中西先生2004 年に Web で検索すると、大学の講義の板書を録画するソフトで大変高額なものを見つけました。その後、もう少し安価なソフトウェアを見つけたので、それで動画を作成しました。ところが 2007 年頃ある量販店で Camtasia Studio を見つけ、価格もとても安いので驚いて、即購入しました。

Camtasia はインストールも使い勝手も簡単でした。Camtasia で良かったのは、Word 文書を開いて校閲のペン機能を使用しペンタブレットで書き込むと、そのまま録画していけるところでした。それまでは別のペン機能のソフトをインストールしていましたので面倒でした。また、黒板に板書しながら撮影するのではなく、Camtasia  で机に座って書き込みをしながら音声も録画できるのが便利でした。うれしかったです。

先生から生徒への一方方向の授業を解説動画に置き換える

中西先生 動画が普及していけば、先生から生徒への一方的な授業が解説動画に置き換えることができると思いました。そのうち、米国のニュース番組で米国でも先生が同じように動画を作成していると知りました。発想としては同じ時期だったのでしょうね。基本的には画面上にペンタブレットで描いて、言葉で説明するのです。これはそれほど敷居が高いことではありません。

Camtasia は使いやすいソフトなので、録画する素材をセットして、録画ボタンを押すと、3、2、1 と秒読みがあり、録画開始されて、終わったら停止し、編集して制作します。

初めて動画作成される方にひとつハードルになるかもしれないのは、ペンタブレットの使い心地に慣れることではないでしょうか。操作されたことがない方が多いかもしれません。

芝池先生解説画面が録画できると言われても、授業のデザインができないと、ピンとこないかもしれません。解説動画を作ること自体は簡単で、ヘッドセットマイクをコンピュータに接続して音声を録音しています。Camtasia Studio はかなり使いやすく ICT 機器に疎い私でもすぐに解説動画の作成ができました。

私は生徒たちが協働で学ぶことに可能性を感じています。協働で学ぶ時間を十分作り出すために解説動画の作成を始めました。いわゆる反転授業です。動画を作ることと授業デザインの目的と一致していなかったら動画は作っていなかったと思います。初めて動画作成される方には、自分の授業デザインと合わせて動画を活用することをお勧めしたいです。

ハイライト機能と画面の背景色を使用する

科目ごとに生徒が動画を見る方法も違う

―― 何本ぐらい動画を作られましたか?

芝池先生今 まで 2 年間で 700 本の動画を作成しました。例えば、週に 5、6 時間の数学の授業がある場合、数学の教科書で一定の量の予習をしてから演習をしていきます。私の反転授業では、「来週の月曜日までに 10 本の動画を見てきなさい。」というような宿題の出し方になります。
中西先生英語の場合はレッスンやパートごとに 1 つのビデオを作成するので、毎回英語の時間ごとに 10 分程度の動画を見てくることになります。科目によって生徒が動画を見る方法も違います。

解説動画はできるだけ短く

―― 動画作成で大事な点はありますか?

芝池先生生徒にとって見ることが疲れるので、動画の長さは短いことが大事です。内容が多ければ 10 分位になることもありますが、できる限り短くすることです。約 5 分から 7、8 分にして、長い場合は 2 つに分けるようにしています。
中西先生目安として動画の長さは 10 分位にしています。やはり長い場合は 2 つに分けています。

空いた授業時間:数学は協働学習、英語は音読

―― 英語の動画では、英文の翻訳の解説をされるのですか?

中西先生そ うです。黒板に書く場合と同じです。私の反転授業の形は、基本的に予習として動画を見てくるのですが、良くできる生徒は動画を見なくてもよいとしていま す。授業のあとに見ることもできるので、授業の予習として見るか、復習として見るかは生徒 1 人ひとりが英語に対してどういう形で理解していくかによります。必ず全員見てこなければいけない形にはしていません。

授業中は英語の音読練 習をかなりしますので、音読で英文に慣れてから動画で確認することもできます。定期テストの時にもう一度動画を見ることもできるので、授業の前だけに見る という形ではないのです。結局、授業では動画の内容の確認と身に着けるための練習という今までの授業で行っていた英文解説だけの授業から一段上の内容がで きるのです。

―― 授業中、生徒が英文を訳すということはないのですか?

中西先生解説動画を見ていると、授業で英文を訳す必要はなくなります。文法は動画で説明でき、また動画は何回でも見ることができるので、動画を見てわからないことを質問される方が、授業が先へ進みます。

反 転授業の良いところの一つは、今までの授業のバージョンアップができることです。つまり、先生が生徒に一方的に行う説明の部分を動画にしているので、その 空いた時間をさらにフル活用できます。その時間を応用にしたり、復習にしたりして、新しい授業展開ができます。授業中の空いた時間をどう使うかは教師のや りようになります。芝池先生はそこを協働学習されています。私は音読を重視しています。

動画を利用することは「大きな変革」

―― 動画が適切なのは文法など知識を教えることでしょうか?

中西先生去 年、反転授業についての本を書いてわかったのですが、紙ベースの本などは間違ったことを書くことができないので、完成された言葉で書かれています。その言 葉が学習者にとってはわかりづらい言葉になってしまっていることがあると思います。そのために、読んでいるとわかりにくいことがあるのです。それの解消の ために、動画ではわかりやすい言葉に言い換えて話しかけることができます。その点で、動画は学習者が近づきやすく親しみやすいのではないかと思われます。

Camtasia の動画が意味する一つは、紙ベースの知識の伝授から動画による伝授になって来るということです。知識の伝授において、紙に対する動画の割合が今後増々大き くなると思います。その動画の視聴方法がパソコン、iPad、タブレット、スマートフォンになってきます。動画による知識を得ることが増々大きくなるにつ れ、動画作成ツールは媒体として重要な役割を果たしていくと思います。

―― 動画は親しみやすく、知識の伝授がより伝わりやすいのですね。

中西先生動 画を見なくても教科書を読むだけで内容を理解できる生徒もいます。読んでもわからない生徒には動画が必要だと思います。以前は読んでもわからない場合、対 面や講義で教えるしかなかったのですが、今は ICT の進展に伴って動画を利用できます。これは大きな変革だと思います。では動画を利用してどうするのかという段階に向かうと、その一つの形が反転授業になり ます。

見直し、復習、もう一度説明を聞くチャンスを与える

―― 動画を始める前と後では、生徒や授業はどのように変わりましたか?

芝池先生動 画を始めてから生徒全員が変わったわけではありませんが、マイナスになることは何もなかったです。もしマイナスの点があるとしたら、先生の手間がかかるこ とです。これが一番大きな点かもしれないです。これは否めないです。けれど、動画を作成した結果、生徒に、見直したり、復習したり、もう一度説明を聞く チャンスを与えることができます。そのチャンスと自分の労力のどちらが重たいかということではないかと思います。

中西先生動 画を始めて授業は変わりました。解説動画にあることを以前は黒板に書いていたのです。黒板に教科書の英文を書くことから始めて、それを説明していました。 書くこと自体が 50 分の授業の中でかなりの時間がかかりました。この時間が、動画を導入することで空いたので、生徒がもっと「英語を使う」時間にしました。

芝池先生: 数学の授業がどのように変わったかというと、教え合いや疑問点をぶつけ合うことができるようになりました。授業の時間の使い方が変わり、生徒同士で相談が できるようになりました。こういう授業に魅力を感じるかどうかは、先生の考えによると思います。けれど、簡単に動画を作ることができ、またオンライン上に はいろんな解説があるとなれば、おのずと先生の中でちょっと試してみようかなと思うことになる可能性が高いと思っています。

動画作成には先生の個性がでる

―― 動画を録画する際は台本があるのですか?

芝池先生ワンテイクで録画しますので、言葉のちょっとした間違いがあるかもしれませんが、毎日の授業をそのまま録画することを考えれば台本は使いません。もし解説動画で説明が足りない場合は、授業中に動画のフォローをします。

中西先生: 動画作成には教師の個性が出ます。しかも動画には、紙の文字には表せない表現や授業中教えてきたコツを含めることができるので動画の力は大きいです。例え ば、今までは授業でしか伝えることができなかった私の教え方、私の英語の学び方、私の英語の理解の仕方が動画で伝えることができるのです。

自分の生徒に自分の言葉で伝えるチャンスが動画により間違いなく増えています。ちょっとした言葉の間違いなどは気にせず、内容が問われます。他にはない良い内容の動画を作ることは、教師としての技量が試されることになると思います。これが動画の良さだと思います。

―― はじめて動画を作成される方々にアドバイスはありますか?

芝池先生動 画作成のハードルが低くなっていますし、これから多くの先生方が動画を作成されると思います。日々の学校現場で使われる場合は後でフォローできるので、失 敗とか上手に作くらないといけないとか気負わなくても大丈夫です。生徒の反応を見ながら、改善を積み重ねていかれたらいいのではないかと思います。授業の ために準備して説明しようと思っていることをそのまま動画にすれば良いと思います。「自分の授業を動画でアップロードしたら、授業で時間が生まれますよ」 ということです。

これからの授業の流れは動画 -
動画は習慣に

―― 生徒は反転授業や動画を見ることに対してどう思っているのでしょうか?面倒だと思っていませんか?

芝池先生生 徒は反転授業や動画を見ることを面倒だと思っています。私は少なくともそう感じます。教室で説明を聞くだけなら生徒にとっては簡単です。お手軽な勉強です よね。でも生徒はそれ以上のことは考えないかもしれない。こちら側が生徒に迎合する楽な授業をやめているのは、生徒に面倒なことをさせてでも授業を通じて 知識の教授以外の力を身に着けさせるためです。生徒に面倒だと言われても、しっかりとその意図を生徒に語りながら続けています。

また、今ま での授業の形を変えることになり、先生にとっても面倒です。今までは知識を伝えるために教室の前でしゃべっていると授業時間は過ぎました。宿題をしてくる ように言って、宿題をしてこない生徒には、してこなかった生徒が悪いと言っておけば良かったのです。けれど生徒に身に着けてほしい力のことを考えたら、少 し手間のかかることも乗り越えてほしいと思っています。

―― 動画を見た後で行う授業は、動画を見ないで行う授業よりプラスアルファになっているということでしょうか?

芝池先生そうです。

中西先生私 が生徒に言い聞かせているのは、「これからの授業内容を理解する方法の大きな流れは動画だ。動画を視聴した上での学習だ。」ということです。例えば、「こ れから大学へ入学してもきっと解説動画が増えて来る。スマホなどで勉強する場合や、これから長い人生で何かを勉強する場合も、動画を視聴して行なうことが 主流になる。」と。「その勉強方法をみんなが一番初めにしているのです。」と言っています。

今まではその習慣がなかったのです。誰もしていなかったのです。動画を使用する授業が主要な学習法になってくるのは、はっきり見えています。5 年後、10 年後には動画で勉強するのは当たり前になると思います。

芝池先生:面倒なのは慣れていないからですね。習慣になっていないのです。みんなが動画で勉強するようになれば、動画は面倒だという発想は無くなります。今は生徒にとってみれば、動画は目新しいもので面倒なものかもしれません。

中西先生:一般にも目新しいものですが、すでに塾、通信教育、いろいろな NPO、大学でも動画を作成しています。MOOC も去年から日本で始められています。iPad が販売されてから今までは 5 年ぐらいですが、これからの 5 年で動画は一気に増えていくでしょう。

今、 調べものは百科事典では調べないです。インターネットで調べますよね。それと同様に動画もこれから使われて当たり前になると思います。テレビも家族でみる ものから一人で見るものへ変わったように、我々の行動様式は変わってきました。新しい行動様式の一つとして動画で勉強するという形になると思います。モバ イルデバイスは使いやすくなっていますし、すでに電車でも多くの方がスマホを持っています。

動画を「作る」、「残す」ということは「振り返るものがある」こと

―― 動画を見る理想の場所はどこでしょうか?一番良い環境とは?

中西先生環境的には 24 時間どこでもいつでもという風になって来るでしょう。今は珍しいかもしれませんが段々と普通になって来るでしょう。

芝池先生数学では動画は家で静かなところでノートを取りながら見るのが理想だと思います。しかし、科目によって異なると思います。

中西先生英文はどこで読もうと同じなので、英語の動画はどこで見ようとかまいません。

芝池先生数学ではノート作りはしなさいと言っています。しかし、動画を見てノートを作成することをマストにはしなかったのです。なぜなら新しい知識や考えが文字から獲得できる生徒には動画を見なくてもノート作りはできます。ノート作りは知識の整理という観点から要求しています。

中西先生英語ではノートをチェックしません。個人差だと思います。例えば、入院した生徒がいました。入院中動画を見てノートを作っていました。退院する時はすごく英語力が上がりました。動画に対する位置関係ですね。

参 考書をボロボロにして赤線を引いて付箋して身につけていくように、動画との関係で動画を何回も見て身につけていくこともあるでしょう。これは動画、学習 者、作成した教師の関係でもあると思います。その先に何があるかです。動画を見ることで、学習者が希望や夢を見るのかということです。希望や夢、具体的な 目標を持っていると動画を見る姿勢が違ってくると思います。

教師が「動画を見ることもこれからの行動様式や新しい学習スタイルになるのだよ。」、「これで新しい力をつけて世の中へ出ていくのだよ。」と言って生徒を励まし、少し先を踏まえて学習意欲を上げることをしなくてはいけないと思います。

動画を含む ICT は生徒が力をつけていくための大きなツールなので(しかし、ただのツールなので)、このツールをどう生かしていくかは教師や生徒であり、それをどう訴えていくかだと思います。

芝池先生 教科によっても動画の使い方は異なりますね。もっと長いスパンで考えると、動画があることで、この時点で怠けていても、どこかの時点からもう一度学習する 機会があります。高校 3 年間で考えると、1 年の時怠けても 2 年からやり直したいと思ったら、動画を活用することでもう一回振り返るものがあります。振り返るものがあるということは、動画を「作る」、そして「残す」 ということに大きな意味があると思います。

―― 今後の課題とは?

芝池先生:教育としての本質的な課題というと、生徒のやる気を引き出すとか、寄り添って学習できるよう働きかけるとか、学びの集団を作るという意味で級友たちとの良い人間関係を作るということです。このことは録画した動画を利用する、しないに関わらず変わらないです。

技 術革新で今では動画作成へのハードルは低くなってきました。動画があると先生はいらないのかと心配されることがあるかもしれませんが、しかし、その心配は ありません。技術革新を活用し、生徒に生きる力をつけるためには、学校という空間で教師と生徒、生徒同士といった人間関係を構築する訓練が大切です。その ことを調整し、間に立って学ばせ、この IT 化とグローバル化が進む世界で目標に向かって成長させることがきるのが先生だからです。

 


反転授業についての情報

近畿大学附属高等学校では、反転授業に関する知識、スキル、経験を共有する場として「反転授業研究会」を設立しています。

反転授業研究会: http://www.hantenjugyou.com/